最新.6-4『Dust to Dust』
時系列は少し戻る――。
正体不明の作業服と白衣の人物に導かれ、現実とは異なる不気味な空間を、策頼は歩み進む。
突如姿を現した作業服と白衣姿の謎の人物、そして現実とは明らかに異なる空間。不可解な事象の連続に、本来ならば驚愕、そして困惑すべき所だろう。
しかし今の策頼にとっては細事でしかなかった。
この先に憎き仇敵があり、これはそれを屠るべく与えられた道であること。策頼には不思議とそれが理解でき、そして今の策頼にはそれだけで十分だった。
やがて不気味な空間は薄れ、策頼の体を現実へと降り立たせる。
そこは、今まさに惨劇が巻き起こる、傭兵達が形成する包囲のど真ん中だった。
そして策頼の視線のすぐ先にあったのは、薄気味悪い笑い声を漏らしながら、壮年傭兵の体に腰かけ、裸に剥いたリルを犬のように虐げ弄ぶロイミの姿。
策頼はそんなロイミに背後から接近し真横まで踏み込む。そして腕を伸ばし、一切の躊躇なく拳骨による最初の一撃を叩き込んだ。
「ブギェッ――!?」
ロイミの頬を中心とした横面に、拳の尖らせた人差し指と中指の関節がめり込む。そしてロイミは先ほどまでの優雅な姿から一転、微笑を浮かべていた顔を、眼球を剥き出し舌突き出した不細工な面に変えて、面白いほど綺麗に、そして無様に吹っ飛んだ。
「は――?ろ、ロイミ嬢――」
殴り飛ばされたロイミに真っ先に気が付いたのは、彼女の尻の下に居た壮年傭兵だった。聞こえたの悲鳴と違和感が、主であるロイミの身に何かあった事を壮年傭兵に察知させる。
「ごびぇぉッ!?」
しかし壮年傭兵が何か動きを起こすことは叶わなかった。策頼の脚が壮年傭兵の頭を踏みつけ、壮年傭兵の顔と体を湿った地面に叩き付けて沈めたからだ。
「へ……?――ぶぐぅッ!?」
弄ばれ被虐快楽の虜になっていたリルは、事態に気付くことすらままならなかった。そして気付けば、策頼の放ったヤクザ蹴りが顔面に入り、リルはもんどり打ち地面に投げ出された。
ロイミ達を殴り飛ばし蹴散らした策頼は、前方の光景を目に留める。そこでは峨奈を女達と触手が囲み、今まさに峨奈をその手に掛けようとする直前だった。それを確認し、一歩踏み出した策頼の身に、その時またも不思議な現象が後押しした。
一歩を踏み出した瞬間に策頼の周囲の景色が歪み、気付けばその直後には、策頼は女達の――すなわちシノやカイテの真横まで踏み込でいたのだ。
今のこの場にその現象をしっかりと確認できた者はいなかったが、今の事象を端から観測できていれば、策頼が数歩分の距離を瞬間移動したように見えていただろう。そして女達の位置まで踏み込んだ策頼は、おもむろにシノに向けて拳骨を放った。
「ブェッ――!?」
先のロイミ同様、顔面を不細工に変えてシノは吹き飛ぶ。策頼は放った拳を引き戻すと、間髪入れずに反対側のカイテの鼻っ面に叩き込んだ。
「ごげぇ――!?」
ロイミやシノと変わらず、その顔を不細工に変形させてカイテが悲鳴を上げる。
「ふぅ!?ふぁ、ふ――ごびょッ!?」
そして両脇の女達が地面に放り出される姿を、それぞれ一瞥で確認した策頼は、足元で拘束されて悶えていた少年を、片手間に踏みつぶした。
策頼を中心に、主要な傭兵達の殴り飛ばされ、踏みつぶされた姿が散らばる。
その一瞬の間に起こった超常的な事態に、今だ唖然としたまま動くことのできない傭兵達。そんな傭兵達には目も留めず、策頼は地面に横たわる峨奈の前へと立った。
「ッ……ぁ……」
巻き起こった事態に驚いていたのは、峨奈も同等であった。
しかし峨奈はここまでの事象を全てを目視はできておらず、突然現れた隊員らしき人物が、自分を手に掛けようとしていた女達に拳を見舞った姿だけを、その目で確認していた。
「策頼一士、か……?逃げ、るんだ……ッ」
歩み寄って来た人物が同中隊の策頼である事をそこで初めて確認し、そして策頼が単騎で敵中に侵入してきたことを察した峨奈は、満身創痍の体から警告の言葉を絞り出す。
「峨奈三曹、少しだけ堪えて下さい―――今、終わらせます」
しかし策頼は峨奈に向けて、静かな声でそう伝える。
その策頼の身に、全方向からの殺気が襲ったのはその次の瞬間だった。
「コイツ……!」
「………」
「フ、フフ……」
策頼がゆっくり振り返ると、目に映ったのはロイミやシノ、カイテ達、三人の女の姿。
彼女達は皆、女とは言えいくつもの戦いを潜り抜けて来た、歴戦の傭兵であり剣狼隊の精鋭。ましてやロイミは人間の能力を遥かに凌ぐ魔女。一撃で戦闘不能に追い込むには至らなかったらしく、この僅かな時間の内に立ち直って来た。
しかし奇襲の一撃は、彼女らのプライドを足蹴にし、激昂させるには十分過ぎた。ロイミが出現させた無数の鉱石針が宙空で並び、策頼等を包囲している。そしてシノやカイテ達の手中ではそれぞれの得物が光る。
何より三人の女の顔には、見れば鬼すら逃げ出す程の怒りの表情が作られていた。
「ふ~ん、女の子に酷い事をする悪い子がまだいるんだぁ」
さらに、ロイミとは対面方向に居て無事であったセフィアからも言葉が飛ぶ。いつものように緊張感の無い声色と笑顔だが、その目は笑っておらず、ロイミ等と同様に殺気が宿っていた。
「セフィア、手出しはしないで……他の皆もよ……こいつは、私達だけでやるわ――」
ロイミは平静を装った口調でそんな言葉を発したが、彼女の怒りの感情は、風が肌を撫でただけで爆発するほどの域にあった。
(あああ……あいつなんてことを……)
隊長格や精鋭の女達のその殺気に満ちた姿に、怯えていたのは周囲を囲う傭兵達だった。傭兵達は彼女達のオーラに言葉すら発せられずに、敵に向けられているはずのその殺気に恐怖と絶望を感じ、身を震え上がらせた。
シノとカイテは得物でるナイフや鞭を手中で小さく鳴らし、ロイミは鉱石針を操る腕を翳す。
それが襲撃者への死刑宣告だった。
瞬間、シノとロイミは目にも止まらぬ速さで策頼に向けて飛び出し、ロイミは無数の鉱石針を憎き敵に向けて突進させ、そして自身は空高く飛び立った。
策頼の周辺へいくつもの鉱石が叩き付けられ、土煙と衝突により破片となった鉱石が舞う。その中へ突貫するのは、侍女のシノと暴虐女のカイテ。二人は晴れた土煙の中に、立ち構える策頼の姿を確認する。鉱石針の攻撃による成果は不明だが、どうあれ二人に手心を加える気などあるはずは無かった。
シノは無数の小さなナイフを両手の指に挟み、カイテは愛用の大振りのナイフを手にし、凄まじい跳躍で速度に乗った二人の体は、策頼へと急接近。そしてシノはこの世にこれ以上ない程冷酷な表情で、カイテは目を見開いて口許を裂けんがまでに釣り上げた、恐ろしく加虐的な笑みを浮かべて、勢いのままそれぞれの得物の切っ先を策頼に向けて薙ぎ、もしくは振り下ろす――
しかし、二人の得物は虚しく空を切った。
「――!?」
「なッ!?」
その目に捉え、その場にいたはずの標的――すなわち策頼の姿が、得物が切り裂く直前に一切の予兆も見せずに二人の前から消えた。
驚愕の事態に目を見開くシノとカイテ。その時、カイテの真横からジャキッ、という金属音が聞こえる。
「――ぶぎょぇッ!?」
そして直後、カイテの顔面を先の拳骨以上の衝撃と鈍痛が襲った。
不思議な事に、策頼の姿はカイテの真横にあった。その腕はカイテに向けて伸ばされ、その手に握られていた警棒が、カイテの顔面にめり込んでいた。どうやったかは不明だが、二人の攻撃を回避した策頼は、そこから四段式の伸縮式警棒を展開させ、それをカイテの顔面に叩き込んだのだ。
「愚かな真似はそこまでです――」
その策頼の背後、宙空に浮かぶシノの姿があった。
彼女は策頼の意識がカイテに向いた瞬間を見逃さなかった。その隙を突いて策頼の背後へと飛び、そして今、策頼の頭部目がけて鋭い蹴りを放つ。
「――な!?」
しかし彼女の攻撃は、またも空を切った。
驚くべきことに、策頼が見せたのはただの回避ではなかった。まるで瞬間移動でもするかのように策頼の立ち位置は変わり、シノの攻撃を虚しく空振りに終わらせたのだ。そして蹴りが空を切った直後、シノは纏う服の後ろ腰の部分に違和感を感じ取る。瞬間、彼女の視界が思いっきり揺れ、そして彼女の頭部をまたも衝撃と鈍痛が襲った。
「ギィッ!?」
「ごがッ!?」
悲鳴は二人分上がった。シノと、カイテの悲鳴だ。シノは中空で策頼に服を掴まれてぶん回され、その先で痛みに悶えていたカイテと頭同士を思い切りぶつけたのだ。策頼はそのままシノを離し、二人は勢いのまま飛ばされ地面に叩き付けられた。
「……は!き、貴様ぁ!」
二人が無残に叩き付けられたタイミングで、状況を見守るしかなかった傭兵達がようやく動き出した。
ロイミから手を出すなと釘を刺されてはいた傭兵達だが、精鋭たるシノとカイテがことごとこ翻弄されている異常事態を前に、彼らもさすがにじっとしては居られなかった。
「ロイミ様やシノさんによくもッ!」
「よくもカイテさんにッ!」
「調子に乗るなぁ!」
傭兵達はそれぞれ、敬愛する女達の名を叫びながら跳躍、あるいは地上を駆けて突貫。策頼に向けて殺到する。
「コイツ――ぎぇぁッ!?」
そして一番先頭を切り襲い掛かって来た傭兵は、最初の犠牲者となった。
策頼は切りかかって来た傭兵を一歩移動して回避すると、警棒とはまた別に持った鉈を掲げ、その刃で傭兵の首を掻き切った。
その背後から別の大柄の傭兵が、その前身で覆うように襲い掛かって来る。が、策頼の振り上げた警棒が傭兵の両目を打つ。傭兵は「ぎゃ」と悲鳴を上げ、両目を抑えてのけ反った。策頼はもんどり打つ傭兵の体に飛び蹴りを掛ける。いや違う、傭兵の体を壁代わりに蹴り、体を反転跳躍させた。
「な、うわ――!?」
そして真横から策頼を狙い切り掛かろうとしていた傭兵が、目標を失い体勢を崩した。跳躍し中空にあった策頼は、体勢を崩した傭兵の上を取る形となる。
「ぎぇッ!?」
そして傭兵の後頭部に鉈を叩き落とし、傭兵は悲鳴を上げると同時に崩れ落ちた。
策頼は傭兵に刺さった鉈から一度手を離し、着地すると同時に小銃を繰り出す。そして信じられない事に策頼は片手だけで小銃を構えると、先の警棒に視力を奪われ、悶えていた傭兵の額に5.56㎜弾を撃ち込んだ。
「びゃッ!」
悶えていた巨体の傭兵は、抵抗もできないまま額から血を噴き出して、亡骸となったその体を地面に沈めた。
「このぉ!」
「調子に乗るんじゃないよ!」
そこへ二人の女傭兵が剣を振りかぶり、襲い掛かって来る。カイテの取り巻きの女傭兵達だった。
前に出ていた一人目の剣撃を、身体をずらして回避する策頼。しかし回避したその先で、待ってましたと言わんばかりに、もう一人の女傭兵が切りかかって来た。
「あは!掛かっ――ごぶぅッ!?」
策がうまく運んだと思い、高らかな声と共に剣を振り降ろそうとした女傭兵。だが、その声は途中で悲鳴に変わった。見れば女傭兵は、策頼が片手で突き出したショットガンの、その先端にワイヤーで強引に巻き付け装着された銃剣に、腹部を刺されて中空で串刺しになっていた。
「な!こ……こいつッ!」
その光景に、激昂したもう一人の女傭兵が再び切りかかって来る。
しかし策頼はその攻撃を、片手の先にぶら下がっている女傭兵を支えたまま、体を反らして回避してみせる。そして攻撃を回避され浮足立った女傭兵の頭に、警棒を叩き込んだ。
「ぎぇぉッ!」
横頭部に入った凄まじい打撃は、頭骨を割り女傭兵の脳を損傷。眼を剥き出し、潰れた顔面から血を撒き散らしながら、取り巻きの女傭兵は崩れ落ちた。
策頼は小銃を支えていた方の腕の屈伸運動で動かし、銃の先で串刺しになっていた女傭兵の体を放り投げるようにして、女傭兵の体から銃剣を抜いた。
そして先の傭兵の頭に刺さったままの鉈を、引っこ抜き回収する。それら装備が使用に問題無い事を確認すると、視線を起こす策頼。視線の先に、策頼に向けて殺到するさらなる犠牲者たちの姿が見えた。
(敵――いや、周り動きが遅い)
策頼は不思議な感覚を覚えていた。
傭兵達の動きが、いや、周囲の全てのものの動きが、時折酷く緩慢になる時があった。まるで世界がスローモーションをかけられたようになり、その中で自身だけが普通に動いているような感覚。
しかし、策頼がそれを気に留めたのはほんの数秒だった。策頼にとって今気にすべきこと、成すべきことはただ敵の排除のみ。それに寄与するならば、今の事態、現象がなんであれ構わなかった。
不気味な空間で戦闘の様子を見ていた作業服と白衣の人物は、高らかな声を上げる。
「――素敵だ、あなたのような人は大好きだ――!その身を機動させ、あらゆる力を展開し、仇敵を翻弄し、全てを滅ぼすんだ。そうさ――!あなたにはその権利があるッ!!」
「なんなのよ――一体何なのよ……!」
上空に身を置き、眼下を眺めるロイミの姿がある。しかし彼女に、これまでのような優美な姿勢は無く、その顔には焦りと苛立ちが浮かび上がっていた。
ロイミは何も、配下の傭兵達が策頼に挑み蹴散らされていく様子を、ただ眺めているわけではない。彼女は先程から眼下の敵に対して、自分が習得している限りのあらゆる魔法の詠唱発現を試みていた。
しかし、いかなる術の詠唱を試みようとも、眼下の敵に有効打を与える事は叶わず、それどころか不可解な事に、術その物の発現すらままならない事すらあった。
「ッ、いいわ――術が通用しなくても、直接この手で仕留めてやる……!」
やがて痺れを切らしたロイミは、自らの乗る触手を操り、憎き敵に向けて降下した。
「なんなんだコイツ!くそ――」
策頼を取り巻き、包囲する傭兵達。しかし彼らは皆たじろぎ、浮足立っていた。周囲には傭兵達の死体が散乱している。
突然現れた脅威的な存在に、攻めあぐねていた傭兵達だが、その時、彼らは背後からの別殺気を感じ取った。
「ロ、ロイミ様……!」
傭兵達が振り向くと、触手に立つロイミの姿がそこにあった。ロイミは一度下がらせていた触手を呼び寄せて伴わせ、無数の触手を周囲に従わせている。
「邪魔よ」
その殺気の含まれた一言で意図を察し、傭兵達は逃げるように引き、場を空ける。
ロイミは腕を前方に掲げる。それを合図に、ロイミの周りにいた無数の触手達が、一斉に飛び出した
先頭を切る触手が策頼へその身を飛び掛からせる。しかし、策頼は半歩体を捻るだけで、それを回避。触手は明後日の方向へ飛び、地面にその身を突っ込んだ。回避した所を狙い、次の触手が、さらに次の触手が策頼へと立て続けに襲い掛かる。しかし策頼はそのいずれもを、身を少し捻る、半歩動く等の最低限の、そしてどこか緩やかな動作で回避して見せた。
「ちょろちょろと……!」
ロイミは苛立ちながらも命令を送り、さらに触手をけしかける。四方から何匹もの触手がその身で策頼へ突貫するが、しかし策頼は同様の動きでそれを避け、触手達はその攻撃をことごとく回避される。
策頼の落ち着いたその動きは、まるで触手達を翻弄する舞の用ですらあった。
「ッ――小賢しい……いいわ、それなら――!」
零しながら、ロイミは自身の乗る触手に命令を送る。命令を受けた触手は、ロイミを乗せたまま勢いよく飛び出した。
彼女は敵の懐へ突貫し、その手で直接始末を付ける腹積もりだ。しかし――
「ッ!――キャァッ!?」
次の瞬間、彼女の乗る触手は突如その頭を落とし、敵中に達する前に地面に激突した。
予期せぬ事態と衝撃に、ロイミは触手から振り落とされ地面に投げ出された。
「痛……何をしてるのよ!敵は――」
投げ出された土ぼこりに塗れたロイミは、苦し気に起き上がりながら、触手に対して叱責の声を上げかける。しかしそこで彼女は、目に映った光景から異常に気が付いた。
触手達の様子がおかしい。
策頼を襲っている触手達の動きは鈍く、周囲を包囲している触手達も何か苦し気だ。
慌てて指先を動かし、触手達への命令を飛ばす。
しかし対応はすでに遅かった。命令に対する触手達の反応は鈍く、そして異常は加速度的に進行を始めた。触手達はついにロイミの命令をまるで受け付けなくなり、それぞれが統率も連携も何もない、勝手な行動を始める。
そしてついには、触手達は暴走を始めた。
「うわぁッ!」
「ぎゃぁッ!」
触手達は見境をなくし、うち何体かは明後日のほうこうへ飛び出し、あろう事か味方であるはずの傭兵達を襲いだした。突然の触手達からの攻撃に傭兵達の反応は遅れ、彼らは暴走する触手に叩き飛ばされ、潰されてゆく。
「嘘でしょ……どうなってるの……!?」
「ロイミ嬢!」
驚愕するロイミの元へ、壮年傭兵が駆け寄って来た。壮年傭兵は己の身を挺して、暴走する触手からロイミを庇おうとする。
「ぐぁッ!?」
しかし壮年傭兵はあっけなく暴走触手の餌食となり、その身を触手の巨体で打ち飛ばされてしまった。
「ッ――やめなさい!止まれ……ッ!止まって――!」
最早懇願にも近い叫び声で、触手に停止の命令を送るロイミ。しかしその必死の行動も空しく、触手達の暴走が収まる様子は無かった。
「ッ――」
ロイミは先に居る敵を睨む。
異常事態の原因が、憎き敵にあることは十中八九間違いない。
その敵たる策頼は暴走に、時折飛んでくる触手を片手間に避けつつ、読めない表情で状況を眺めている。
暴走していた触手達は、やがて勢いを失い、次々とその体を地面に横たえ出し、そして苦し気に悶え始める。先ほどまでの触手達は、何らかの未知の影響により、苦しみ、のたうち回っていたのだ。
「な―――」
そして次に迎えた光景に、ロイミは絶句した。
驚くべきことに触手達は、策頼の周囲に弱々しい動きで集まり出した。虫の息の触手達は策頼を中心に集まると、次々と策頼に向けて満身創痍の体でその頭をもたげ出す。まるで策頼に、許しと助けを乞わんとするように。
触手達は本能で、自分達を苦しめている原因が策頼である事、そして何よりこの場を支配する強者が策頼となった事を本能で理解し、ロイミの支配下を離れて策頼も元へと下ろうとしているのだ。
一方の当の策頼当人は、自分に集う触手達を大して興味も無さげに見下ろしている。
「―――!」
そんな策頼の目と鼻の先に、人影が飛び込んで来たのはその瞬間だった。
それは眼を血走らせ、怒りを剥き出しにしたロイミだ。ここまでコケにされた挙句、使役する触手達を奪われた彼女は、怒りと悔しさで激昂していた。
そんな彼女の手には一本鞭が握られている。それは、普段リルを甚振る時に使う乗馬鞭とは違う、彼女が戦闘や敵を捕縛する際に用いる物であった。
彼女は怒りに任せて策頼に向けて思い切り鞭を振るい放つ。
しかし策頼は、半身をずらして鞭を容易に回避して見せる。そしてそのタイミングで、策頼は足元に刺さっていた一本の鉱石柱を素早く拾い上げると、それを目先を空振り通り抜けて行く鞭に当てて、絡めてやった。すると鞭の前半部分はそこを基点に大きく軌道を変える。
「え――あびぇッ!?」
軌道が変わった事により鞭の先端は見事にロイミへと戻り、主であるはずの彼女を気持ち良いまでの音と衝撃で打ち付ける。攻撃中であり、がら空きであった身体を打ち付けられた彼女は、勢いを諸に受けて明後日の方向に打ち飛ばされていった。
追撃をかけるべく歩み出そうとする策頼だが、そんな彼を狙う別の気配が背後に迫っていた。
「あらあら、これは……」
ここまで戦いの様子を見守っていたセフィアが、ここで初めて言葉を漏らす。
「手を出すなって言われたけどぉ……そういう訳にもいかなくなってきたわねぇ」
口調こそ普段と変わらぬ緊張感の無い物だが、その表情は面白くなさそうであった。
腰掛にしていた男傭兵達から腰を上げると、セフィアは新たに香を炊き、それを少しだけ吹いている生暖かい風に乗せる。
「「「あ、ひぃぃ……」」」
零れて周りにも流れた香の香りが作用し、セフィアに下で虐げられていた男傭兵達がまたも嬌声を上げる。
「セフィアさん。あたし達も行きますかぁ?」
「こっちの男共は役に立たないもんねー。それに調子に乗ってる男は、身の程を分からせなきゃ」
女傭兵達はそんな男傭兵達を嘲笑い甚振りながら、そんな言葉を上げる。
「うふふ、ありがとう。でも大丈夫よぉ、皆はこの子達をイジメててあげて」
セフィアは虐げられている男傭兵達を視線で示しながら、そんな台詞を返す。
「ロイミちゃんに酷い事をした悪い子だしぃ、この手できっちり躾けておきたいの」
「うわっ、こわーい」
「あいつ調子に乗り過ぎたねー。セフィアさんを怒らせちゃったわ」
「どこまで悲惨な目に遭わされるのか楽しみっ」
女傭兵達は文字道理尻に敷いている男傭兵達を甚振りながら、笑い合う。
そんな女傭兵達にセフィアも「クスクス」と笑いを返すと、篭絡し甚振るべき敵の姿へ、視線を向ける。
そしてその身を跳躍させた。
(ちょっとおいたが過ぎたわねぇ。お仕置きに、とびっきり無様な姿にしてあげる――)
香の効果と、背徳的な魅力を醸すセフィアの姿や振る舞いを利用した篭絡の技は、屈強な戦士ですら抗う事を許さず、尊厳も何もかも全部奪い、彼女の忠実な僕としてきた。
今回もそれを信じて疑わず、セフィアはその妖しい瞳の中に、敵の姿を捉える。敵の動く様子は見られず、セフィアは香の効力を確信する。
そして香の香りを振りまきながら、優雅に背後に着地。
(さぁ、悪い子は――)
耳元で篭絡のための言葉を囁くべく、その艶やかで豊満な体を密着させようとした。
ザグッ、と――
セフィアが体を密着させる前に、鈍い音が彼女の耳に届いた。
そして同時に、セフィアは自身の胸元に違和感を覚える。胸元が奇妙に軽く、そして冷たさを感じる。
「―――え?」
彼女が視線を落とすと、彼女の自慢の豊満な二つの乳房が――そこになかった――。
あるのは胸全体に広がる赤黒く平らな〝切断面〟。
そして彼女の目に映ったのは、憎き敵の持つ血のこびり付いた鉈。
ボチャリ――とセフィアの足元に重量のある二つの肉の塊が落ちる。それは、切断されたセフィアのご自慢の二つの乳房。
セフィアの乳房は、鉈で付け根から切断され、削ぎ落されていた。
「は――?え……あ……いぎゃぁああああああああああッ!?」
状況を理解すると同時に、胸の切断面からブシュリと血が噴出する。
そしてセフィアの妖艶な表情が崩壊し、彼女はおっとりとした瞳をかっ開き、これまで艶のある加虐の声を奏でていた口を、顎が外れんまでに開口して、野生動物のような絶叫を上げた。
そんな悲鳴も束の間、彼女の鼻に指が掛かり、顔面の上半分が手に覆われる。掴んだのは他でもない策頼の腕。策頼の背後を取っていたはずのセフィアは、いつの間にか背後に回られていた。策頼はセフィアの背後から頭頂部を越えて、彼女の顔面を覆い掴んでいた。そして――
「ぎゃッ――!?」
絶叫の最中のセフィアから新たな悲鳴が上がる。見れば、彼女の頭部は鼻から頭頂部に掛けて皮を剥がされていた。顔面の鼻から上半分の肉が向き出しになり、頭頂部は禿げ上がりまるでグロテスクな落ち武者のようだ。
「いびゃぁぁぁぁぁッ!?」
新たな痛みに新たな悲鳴を上げ、ついにセフィアはその場に崩れ落ち、倒れて藻掻き出す。
「いぎゃぁぁぁぁぁッ!熱い、痛い、あづい、いだい、イダイィィィィィ!!!?」
艶と妖しさで男を支配して来た、穏やかさと加虐性を併せ持つ恐怖の女王、セフィア。しかし今、地べたを転げのたうち回る今の彼女に、これまでの女王のような振る舞いの面影は欠片ほども無かった。
無様な姿へと成り果てる運命にあったのは、他でもないセフィア自身であった。
「え……?」
「は……?」
配下の女達は何が起こったのか分からず目を丸くしている。
女傭兵達は、セフィアの手にかかった獲物が、いかに哀れな末路なを迎えるのか、笑いながら鑑賞していた。しかし哀れな末路を迎えたのは彼女達の敬愛するセフィアであり、セフィアは無様な姿で地面に転がり、獣のように叫び声をあげている。
「「「ごぼぉッ!?」」」
「ぎぇぼぇ!」
「ぎゅごぼッ!」
「ぐぉぼぉッ!?」
そして理解する間も無く、傭兵達を惨劇が襲った。
触手だ。
傭兵達は、突如地中から突き出して来た触手に、ことごとくその体を串刺しにされた。
骨抜きになり、女に乗られてた男傭兵達と、男の顔に乗り笑っていた女傭兵達。それぞれが皆一様に、突き出して来た触手に股間部から口までを、串に刺さった魚のように貫かれていたのだ。
貫かれた女達を見れば、触手が貫通している影響で胴体は膨れ上がり、者によっては一部が裂けて内臓が飛び出し、手足はピクピクと痙攣している。しかし誰も即死はできなかったらく、触手の突き出す口からは、苦し気な声とも付かない音がコポコポと漏れ聞こえている。眼球はことごとく飛び出し、目や鼻、耳からは残らず血や涙、鼻水などが噴き出ていた。
男傭兵達を甚振り、嘲笑っていた先程までとは一転した、凄惨で惨めな姿だ。最も、同様に貫かれた男傭兵達も状況は同じだったが。
周囲には触手の刺突の難を逃れたセフィア配下の傭兵達もいた。だが触手達は、運無き傭兵達の体を串刺しにしたまま、初撃の難を逃れた傭兵達へと牙を剥いた。
「は――ぎゃぶぉッ!?」
一匹の触手がその体をしならせ、近くにいた女傭兵をその身で叩き潰す。
打ち飛ばされたのは、最初に男傭兵達を踏んで甚振り出し、情けないと罵っていた女傭兵だ。
地面に叩き付けられる女傭兵。触手がその体を持ち上が手どけると、その下から触手の巨体の圧で潰れた女傭兵の死体が現れた。
「あぼ……びぇッ……ギェッ……」
女の全身の骨は折れて捨てられた人形のように四肢がおかしな方向に曲がり、口や体に出来た深い裂傷からは臓物が飛び出している。目は白目を剥き、体はピクリピクリと痙攣して、臓物の飛び出ている口からは声とも知れない音が零れ聞こえてくる。
顔も体もグチャグチャの状態で痙攣している女傭兵の姿は、まさに潰された虫のように無様であった。
「ぎゃぁッ!?」
「びょげッ!?」
「ごぶッ!?」
さらに、そこかしこで傭兵達の悲鳴が上がる。
へたり込み、虐げられていた男傭兵達や、それを取り囲んで虐げていた女傭兵達がことごとく触手に打たれ、投げ散らかされ、あるいは潰される。
「「「ぎゃぼぉッ!?」」」
セフィアの腰かけや足置きとなり、四つん這いになっていた男傭兵達が、身を打った触手に押しつぶされている。
香の影響とセフィアからの甚振りの余韻で、碌に動くこともままならなかった傭兵達は、触手にことごとく無惨に投げ散らかされ、快楽にだらしなく緩ませていた顔を、死の形相に変えていった。
「ぱぁッ!?」
「びょっ!?」
そして身を打った触手に貫かれていた男女の傭兵は、その衝撃で内側から限界の圧が掛かっていた体が爆ぜ飛び、細切れの肉片と化して仲良く周囲に四散した。
その調子で、セフィア配下の傭兵達は次々に同じ境遇を辿った。触手に弾き飛ばされ、あるいは踏みつぶされてゆき、そしてそのたび、触手に貫かれていた男女の傭兵達は、体を爆ぜ、四散させる最期を迎える。
男を虐げていた気色悪い女達と、虐げられ気色悪く喘いでいた男達は、最後には仲良く凄惨な末路を迎えたのだった。
「うぁぁッ!よくもセフィアさんをッ!」
「男の癖にぃッ!」
しかし中には難を逃れた女達がいた。
女達は怒りを露わにし、触手を潜り抜けて策頼に向けて襲い掛かって来た。
敬愛するセフィアと仲間を屠った策頼に、憎しみと殺意を向けて、各々の得物を振り降ろす女傭兵達。
「ぎぇッ!?」
しかし策頼は一人の剣を避けると、警棒を前頭部に叩き付け、女の頭をたたき割った。
「この――」
立て続けに二人目が剣を手に襲い掛かって来たが、その手の剣が振り降ろされる前に、策頼は脚を思い切り真上に蹴り上げ、女の顎を蹴とばした。
「ぎゃぢッ!?」
女は運悪くガヂリと自分の舌を噛み千切り、死体となってもんどり打ち倒れた。
「………」
セフィア配下の襲撃が返り討ちにした所で、敵の攻勢が途絶え、周囲に一時だが静寂が戻る。
暴れまわっていた触手達はそこでその動きを止める。それまでの暴虐的なまでの働きに反して、触手達の様子は酷く苦しそうだった。
内、一匹の触手が限界を迎えたのか、ゆらりとその巨体を倒しかけた。しかし、突如伸びた人の腕が、触手の表面の一部を、肉が千切れんばかりに鷲掴みにした。
触手を掴んだ腕の主は、他ならぬ策頼だ。大木のような巨体の触手を、策頼は軽々とした動きで引き寄せる。
「まだだ、倒れるな。ちゃんと言う事聞けよ」
そして触手に対して冷たく囁いた。
触手達は策頼の配下に完全に下っており、策頼の意思に呼応し、セフィア配下の傭兵達を襲っていたのだ。そして触手は、新たな主人である策頼の言葉に、承諾か、はたまた恐怖によるものなのか、弱々しい身悶えで答えた。
策頼はそんな触手をほっぽり出すと、別の目標を探すため、視線を周囲へ走らせようとする。
「――死ね」
しかしそこへ真横から、目を血走らせたカイテの襲撃があった。
数分前。
「く……」
「っつぅ……!」
地面に倒れ、苦悶の声を漏らすシノとカイテ。ダメージにいばらく起き上がる事のできなかった二人は、今ようやく半身を起こした。
「シノさん!カイテさん!」
「二人とも、大丈夫!?」
そこに駆け付けたのは侍女のミルラと護衛の少年リイト。
突然の敵の強襲に呆気に取られていたミルラだったが、尊敬するシノの危機に気が付き、仕置きの拘束を受けていたリイトを解いて解放し、今この場に駆け付けたのだ。
二人はシノやカイテに駆け寄り、手を貸そうとする。
「ふん、この程度……」
「ッ、大丈夫ですよ……」
シノやカイテは掛けられた言葉に返しながらも、貸された手を断り、視線を敵のいる方向へと向ける。
「あぁ……!」
「セフィアさんに、皆が……」
二人の視線を追って顔を上げたミルラとリイトが、驚愕の声を上げる。
散らばる仲間、セフィアがのたうち、配下の傭兵達が触手に串刺しにされる姿が見えた。その中にはセフィアの取り巻きの姿もあった。
「アイツ……絶対に、切り裂いてやる……!」
それを目にしたカイテは怒りを再燃させ、感情に任せてその場から飛び出した。
「カ、カイテ!」
リートは飛び出したカイテを呼び止めようとするも、彼女は行ってしまう。追うべきかと迷うリートだが、その時、彼は横から強い怒りの気配を感じ取った。
「み、みなさん……許しません――」
「ミ、ミルラ?」
怒気の発生源はミルラだった。普段大人しい彼女が見せない雰囲気に、それを見たリイトはたじろぐ。
「躾では済みませんね……奴には、徹底した仕置きを与え、屠らねばならないようです……」
そしてシノも冷たい表情に怒りを宿らせ、冷酷な台詞を口にする。
「二人とも落ち着いて!」
そんな二人を冷静にさせようと、声を上げるリイト。
「ふん、豚が偉そうに指図ですか」
「う……うぅ」
しかし怒りに駆られる女達に、その言葉は一蹴されてしまった。
「……ううん、リイトさんの言う通りかもです……敵を倒すならば、それこそ協力しないといけません」
だが、ミルラがリイトの提案に賛同した。彼女は強い怒りの感情を孕みながらも、その内には冷静さを残しているようだった。
「………」
ミルラのその言葉に、怒りの感情の中にあったシノにも、少しの冷静さを取り戻す。
(この子は私よりもずっと肝が据わっているのかもしれないですね)
怒りに囚われていた自身を自嘲するように、そんなことを思い浮かべるシノ。
「何か――考えはあるのですか?」
そしてシノは、二人に向けてそう尋ねた。
飛び出したカイテは、目にも止まらぬ速度で触手を潜り抜けて策頼に肉薄、襲撃を仕掛けた。その彼女の目は、怒りのあまり酷く充血している。
「――死ね」
最早多くの煽りや罵倒の言葉は無い。
跳躍で策頼の斜め上空に位置取った彼女は、最高潮に達した怒りを冷酷なその一言と、手の中のナイフに込め、それを策頼に向けて振り下ろした。
しかし、策頼の一歩横にずれるだけの動作で、カイテの一振りは空しく空振りに終わる。
「このッ――」
これまでも見た不可解なまでの敵の回避行動に悪態を吐きながらも、カイテは身を反転させて、再度攻撃を仕掛けようとした。しかし、彼女が己の右腕の違和感に気が付いたのは、その時だった。
「――は?」
見れば、右腕に握っていたはずのナイフがそこに無い。否、ナイフを握っていた〝右腕が無い〟。カイテの右腕は、肘から先が切断されていた。
「あ……あぁぁ――ッ!?」
理解した瞬間、カイテは悲鳴を上げかける。
「――ごぅッ?」
しかし彼女のそれは強引に中断され、代わりに鈍い叫び声が彼女の口から上がる。彼女の顔面には、横から振るわれた警棒が叩き込まれている。
それを握るのは他ならぬ策頼。
そして策頼のもう片方の手には、切断されたカイテの腕が掴まれている。カイテの物だったその腕は、愛用のナイフを握ったまま硬直している。
警棒に打たれたカイテはもんどり打ち、大きく仰け反っている。策頼はそんなカイテの横を抜けながら、切断された腕に握られたままの彼女の愛用ナイフを、彼女の顔面に叩き込んだ。
「びょッ!?」
顔面に自身の愛用ナイフが突き立てられ、彼女の口から短い悲鳴が上がる。愛用のナイフと、それを握ったままの腕が、彼女の顔面の上にそびえ立つ。カイテの体は膝を付き、やがて全身が崩れ落ちるように地面に沈んだ。
まだ息があるのか、顔から血を噴き出しながら、彼女の身体は痙攣していた。
襲撃者を一人屠った策頼だが、息つく間もなく新たな襲撃者をその目に捉えた。
濡れた地面を跳ぶように駆け、敵の傍まで接近したシノ達三人。その三人の目に映ったのは、悠然と佇む敵と、無残に倒れるカイテの体だ。
「ッ――カイテ……!」
ライバル的存在であったカイテの無惨な姿に、顔を険しくするシノ。
ミルラやリイトもカイテの姿に、顔を悲愴に染める。
しかし三人はその顔から悲観の念を振り払い、凛々しい傭兵としての顔を作り出す。今は目の前の敵に集中し、仇敵を討ち果たすことが、仲間への弔いだと己に言い聞かせて。
そしてシノが先陣を切り、策頼に向けて飛び込んだ
「はッ!」
ナイフで敵に切りかかるシノ。しかし敵は斧を掲げて易々とシノの攻撃を受け流した。しかしそれを予想していたシノは、受け流されたのを利用してそのまま敵の懐から離脱。
「やぁぁッ!」
そして入れ替わりに、今度は剣を手にしたリートが敵に向けて切りかかった。彼の攻撃はまたも受け流されるが、リートはシノの同じようにそのまま離脱する。
そしてまたも入れ替わるように、反転し戻って来たシノが敵に攻撃を仕掛ける。
二人は幾度も入れ替わりに一撃離脱と反転を繰り返し、敵を翻弄する。これにより、敵は二人に向けて決定的な有効打を打てていなかった。
しかしそれはシノ達も同じであり、このままでは両者共に疲弊する一方に思えた。
「二人とも、お待たせしました!」
だがその時、背後から声が響いた。
声の主はミルラ。彼女は得意とする槍をその手に持ち、上空に跳躍していた。ミルラのその姿を確認したシノとリートは、反復攻撃を中止して飛び退き、敵との距離を取る。
「落ちよ!雷の柱ッ!」
そしてミルラが通る声で発した瞬間、敵の周囲にいくつもの稲妻が落ちた。
さらに、通常の稲妻であれば発生した直後に消滅するはずであったが、この稲妻は、閃光を迸らせながらもその姿を維持し、敵の周囲を囲い、まるで周囲に壁を作るようにして、包囲する。
二人が浅い攻撃を繰り返していたのは、ミルラの魔法発動準備の時間を稼ぐためだった。
「よし、相手の行動を封じた!」
リートが上げた声の通り、敵は周囲を囲った稲妻の柱により、動きを制限されたようだ。
「〝雷槍――<<サーディル・ピェリシア>>……ッ!〟」
そして、敵を包囲することに成功したことを確認したミルラは、続けて詠唱を行う。すると彼女の構える槍に、電流が走り出した。パチリパチリと小気味良い音の放電現象を纏う槍。ミルラはしっかりと構え直すと、眼下の倒すべき敵に向けて突貫を開始した。
(敵の行動の自由を奪った所への、雷槍による突貫。単純ですが、有効なはずです――)
シノは作戦を分析しながら、急降下するミルラの姿を見守っている。
「ミルラ、お願い!」
「そのまま、行きなさいッ!」
そしてリートとシノはそれぞれ思いを込めた一声を発し、ミルラに一撃を託す。
二人の声を受けたミルラは、やがて敵へのリーチ内へ降り立った。すかさず槍を放つための予備動作に入るミルラに対して、敵は動きを見せない。
飛び退き逃げれば、雷の柱に突っ込みその身を焼くことになる。ミルラの槍と刃を交えれば、槍の纏う雷により感電死することになるだろう。
そう、敵の選べる道は全て閉ざされたのだ。
「さぁ!あなたの行い、反省してください――!」
そして今、仇敵へ向けてミルラの槍が思い切り繰り出された――
「――ぎょッ!?――ごぼぉッ!?」
が、槍の切っ先が届く前に、ミルラの体に異変が訪れ、彼女から奇妙な悲鳴が上がった。
「え?」
「な――!?」
ミルラは、股間から胴を通って口に掛けて一直線に、その体を地中から現れた触手に貫かれていた。
「ご……おぼォ……」
全身を触手に貫かれて串刺しとなったミルラは、白目を剥き、顎の外れた口からからは触手が突き出し、苦し気な声が口のわずかな隙間から漏れ出ている。
そして、触手は体力の限界を迎えたのか、その巨体を巨木が倒れるように地面へと横たえる。必然、共に倒れることとなったミルラの体は、串刺しにされたままカエルのように両手両足を広げて、ビクビクと痙攣していた。
周囲を囲っていた雷は、主を失ったためか消滅して行く。
その場には、思いを託され慣行された攻撃が身を結ぶことなく、無惨な姿と成り変わったミルラの死体だけが残る。
「………」
策頼はそんなミルラの死体を、ただ無力化の確認のためだけに、つまらなそうに一瞥した。
「ミ、ミルラ……う、うぉぉ――!」
そこへ、サポートのために脇に控えていたリートが動いた。ミルラの死を理解した彼は、考えるよりも先に策頼に向けて切りかかった。
「びょッ――ッ!?」
しかしその手の剣が届く前に、発砲音が響いた。策頼が片手で構えて向けたショットガンからは硝煙が上がっている。
そしてリートの顔面の上半分がこそげるように無くなり、頭部の中身が覗いていた。顔面に散弾を受けたリートは、削がれた顔面の上半分から血を盛大に噴き出すと、そのままあっけなく倒れて死体の仲間入りを果たした。
二人を屠った策頼だが、その背後に回り込む人影がある。殺気を全身に纏わせたシノだ。
「よくもミルラを……カイテに、豚までも……私の大切な友人達に下僕――」
仲間の死に歯を食いしばりながらも、一瞬の隙を突いて背後を取ったシノ。彼女のその両手には一本鞭とナイフが握られている。憎き敵を捕らえ、切り裂くための得物。
「己の罪を知り、悔いて、無様に死になさい――」
言葉と共に、敵を捕らえるべく目にも止まらぬ素早さで、一本鞭を放った。
「ッ――!?」
しかし、彼女の一本鞭は空を切り、何者も捉える事は無かった。そしてシノは自身の背後に気配を感じる。
いつのまにか、彼女の背後に策頼の姿があった。つい先程まで確実に目の前に捉えていた存在が、一瞬の内に背後に移動していたのだ。まるで戦闘機がオーバーシュートを起こした時のように。
「むぶッ!?」
シノが気配に気が付いた時には、すでに遅かった。
直後、突然シノの頭部が何かに覆われる、彼女の視界が奪われる。シノの顔には土嚢袋が被さっていた。
「ぎゅぃ!?」
そして間髪いれずに、シノは己の体が縛り上げられる感覚を覚える。
それは正しかった。
策頼はワイヤーを繰り出し、彼女の身体の横を抜けながら、恐るべき素早さで彼女の身体を縛り上げたのだ。そして策頼は身を翻すと、仕上げといわんばかりに、土嚢袋に覆われたシノの顔に、警棒を叩き込んだ。
「もびゅッ!?」
土嚢袋に覆われた口から、くぐもった悲鳴を上げながら、シノはその体を捻じるようにしながら吹っ飛び、地面に突っ込んだ。
他者を豚や犬と罵っていたシノだが、哀れにも家畜の加工のような最期を迎えたのは、彼女自身だった。
黒皮のボンレスハムとなり果てた、ビクビクと痙攣しているシノの体を、邪魔なので蹴とばす策頼。
「………ッ」
その直後、策頼は上空に瞬く光と人影を捉え、手を翳す。
その人影はロイミとリルだった。
再び数分前。
「ロイミ、ロイミ!しっかりして……!」
自分の鞭を食らって倒れたロイミを、リルが介抱している。と言っても、最初の襲撃で蹴り飛ばされたリルは、つい先程ようやく立ち直った所であり、そこでロイミの打ち飛ばされる姿を目にして、今しがた彼女の元に駆け付けたばかりであった。
「ッ……!」
ギリリと歯を食いしばりながら、ロイミは敵のいる方向を睨んでいる。
「カイテ……セフィア隊長やみんなが……」
仲間達、そして幼馴染が死んだ事実を前に、リルは顔を青くしている。残る傭兵達が掛かってゆく姿が見えるが、彼等もことごとく蹴散らされてゆく。
「ここまで……私を……絶対に許さない……!」
立ち上がろうとしロイミは、しかしふらついて再び地面に膝を付く。度重なるダメージにより、いかに人より強靭な体を持つ魔女と言えども、限界を迎えようとしていた。
「だ、ダメだよロイミ……」
「うるさいわね、私に命令する気……?」
「う……」
ロイミに凄まれ、たじろぐリル。満身創痍の身でありながら、ロイミの眼孔は未だに逆らい難い鋭さを孕んでいた。
「うぅ……で、でも!やっぱりだめだよ……ッ!そんな体で戦いに行くなんて、絶対にダメ!」
しかしそれでもリルはロイミを止めた。
「どうしても行くなら、僕が一緒に行く!ロイミさっき言ったでしょ、ロイミの盾となり矛となれって。だから僕を頼ってよ!僕は……僕はロイミの使役獣だから!」
そしてロイミに向けてその身を乗り出し、意を決した表情で訴えた。
「フン……そんな恰好でいっても、何の格好もつかないわよ」
「え?……あ!あぅぅ……」
襲撃直前まで、ロイミから仕置きを受けていたリルの姿は裸のままだった。一糸まとわぬ己の姿に気づき、両腕で体を隠して赤面するリル。
「はぁ……」
一方、ロイミはそんなリルの姿に、纏っていた殺気と憎しみの念を少しだけ収めて、小さなため息を吐いた。
「今や私の手に残っているのは、あなただけか……」
毒気の抜かれたような顔で、自嘲気味に言うロイミ。
(でも、この子の素質ならあるいは……)
思いながら、リルを見る。
「いいわ。私が奴の動きを読んで指示を出すから、あなたはそれに従って動きなさい。ヘマしたら容赦しないわよ」
その言葉に、リルはごくりと喉を鳴らす。
「使役獣としての役目を果たして見せなさい。あなたを……信じてみるわ」
しかしその後に見せた信頼の言葉。
「ロイミ……うん!」
その言葉に、リルは明るく凛とした表情で返事を返す。そして二人は、夜闇へと飛び立った。
飛び上がったロイミとリル。上空に身を置いた二人は、そこから敵の姿を捉える。
敵は背後を見せ、進んでいる。残った傭兵を探しているのだろう。
「さぁ、教えた通りにしてごらんなさい」
「う、うん……〝その刃に勇なる輝きを纏い、獲物を討つ力と成せ――<<ユーリォ・ソレス>>……ッ!〟」
ロイミに言われ、リルは恐る恐る魔法詠唱を口にしたリル。詠唱を終えた瞬間、彼の持つ剣の刃には紋様が浮かび上がり、そして次の瞬間に閃光を発した。
「す……すごい!ロイミのおかげで、剣にこんな大きな魔法が……」
「ふっ、違うわ。これはあなたの持つ魔力によるものよ、リル」
「え……?」
言われた言葉に、キョトンとした表情を作るリル。リルは元々大きな魔力を宿しており、ロイミのそれを引き出す呼び水としてリルに魔力を流したに
「前に教えたことを忘れたの?覚醒していないだけで、あなたの体の内には大きな魔力が眠っていたのよ。ただ、それを引き出す力はまだまだ未熟だったわ。だけど、あなたはこの土壇場で覚醒して、これほどの魔力をここまでの力に変えてみせた。
私が導いたとはいえ、ここまでの覚醒を見せるなんて、さすがに想像していなかったけど」
「え……ぼ、僕が……?」
普段では考えられないような優し気なロイミの言葉に、戸惑いの様子を露わにするリル。
「あら、素質を褒めたからといってうぬぼれない事ね。これから、この力をもってして敵を討つことこそ、あなたの今の使命なのよ」
少しだけ言葉をいつもの調子に戻し、リルに釘を刺すロイミ。
「う、うん!」
その言葉に、リルは少し気圧されながらも、先と同様に凛とした通る声で返事をする。それは彼女の調子が少しだけ戻ったようで、そこに嬉しさを感じたからであった。
そして二人は、再び眼下の敵へとその瞳を向ける。
「奴は、おそらく魔封じの魔法を使っていたみたい……でも、あなたに宿る膨大な魔力の前には、封じきれないみたいね……!」
眼下の敵の姿を見ながら、分析の言葉を口にするロイミ。そして横に居るリルにその視線を移し、愛しい使役獣である少年の、緊張した表情をその目に留める。
「大丈夫よ、あなたの力を信じなさい。あなたはこの魔女ロイミの使役獣なんだから」
「ロイミ……」
「さぁ行くわよ、リル。私の愛しい使役獣。私の盾であり剣――」
「うん、ロイミ。僕の主様――」
二人は互いを呼び合うと、剣の柄の上でお互いの手を重ね、指を絡ませ合う。
「〝我らを瞬突の牙と成せ――<<シュトゥル・ルァ・グムラストゥ>>――〟」
そしてロイミが詠唱。二人は共に構えた剣と一体となり、その場から打ち出されるように飛び出した。
凄まじいスピードで敵に迫り、そして目と鼻の先まで一瞬でたどり着く。敵からすれば、上空に居たふたりが消え、一瞬にして接近して来たかのように見えただろう。最早敵には二人の攻撃を回避することも叶うまい。
そして魔法による力の込められた剣は、今や岩や鋼をも砕く威力を持つ。これを防ぐ手などありはしない。
二人で一緒に構えた剣の柄に、力を込める。そして憎き敵に、切っ先を向けて、二人の力を合わせた渾身の一撃を突き込み、仇敵の体を貫く――!
――だが、その直後、ガクリという突然押し留められるような奇妙な衝撃が二人を襲った。
剣が敵の体に到達するには、まだわずかにだが早い。
予期せぬ事態に困惑しながらも二人は視線を剣先へと向ける。
「え――?」
「へ――?」
ロイミとリルの口から素っ頓狂な声が零れ出る。それは二人の目に入った、事態の原因にあった。
仇敵を貫くべく二人の突き放った剣は、その仇敵の手前で停止していた。
仇敵、すなわち策頼の〝片手により掴まれて〟。
岩を、鋼をも断ち切り砕くはずの剣撃が、翳した片手で、いとも容易に受け止められている。それだけではない。宿っていたはずの強大な魔力も、まるで初めから何もなかったかのように消失していた。
この衝撃の事態は、剣撃が決まる事を確信していた二人の思考能力を奪うには十分過ぎた。
「――ごぼォッ!?」
そして、ロイミの腹部に衝撃と鈍痛が走った。
「――ごぼォッ!?」
ロイミの腹部に衝撃と鈍痛が走った。
策頼の放った蹴りの一撃が、ロイミの腹部に入ったのだ。その威力は凄まじく、ロイミの手は握っていた剣を離れ、彼女のその体は上空に高々と舞い上げられた。
「え――ぎゃッ!?」
何が起こったのか理解できずに呆然としていたリルは、次の瞬間に地面に叩き付けられて悲鳴を上げた。
策頼が掴んでいた剣ごと、リルを地面に投げ捨てたのだ。剣を投げ捨てた策頼は、拳を握り、少し姿勢を低くして、その場でタメの体勢に入る。
「ぁ――ぁ――」
上空からは、蹴り上げられたロイミがうめき声を漏らしながら真っ直ぐ落下して来る。ロイミの体が自分の胸の高さまで落ちて来た瞬間、策頼は落ちて来たロイミの体に、タメの一撃を思い切り叩き込んだ。
「ぎぃ――ぎぇぼぅッ――!!!」
拳がロイミの顔面横面にとてつもない勢いで叩き込まれ、ロイミの体はその衝撃を受けながら地面へと叩き付けられた。その勢いは比類なき物で、衝撃でロイミの体は地面にめり込み、土砂が巻き上がった。
巻き上がった土砂が止むと、そこには湿った地面にめり込み、白目を剥いてピクリピクリと痙攣し、起き上がる様子の無いロイミの姿がそこにあった。
倒れたロイミを、ただただつまらない物を見る目で見下ろす策頼。
周囲に静寂が訪れる。
その場には多くの無惨な姿となった者達の体が転がり散らばっていた。
魔女ロイミが。使役獣の少年リルが。
シノやカイテ、リートやミルラなどの少年少女達が。
ロイミ配下の傭兵達が。
セフィアに、セフィア配下の男傭兵や女傭兵達が。
その全てが一帯に無残な姿となって散らばっていた。
そしてその中心にただ一人、彼ら彼女らにとっての憎き敵であり、そしてこの場の圧倒的勝者となった策頼の、静かに佇む姿があった。
「あ、あ……」
「嘘……だろ……?」
「ロイミ様たちが……そんなことが……」
静寂の中に音が戻り出す。
それは、策頼の手や触手の暴走を逃れた、もしくはそれらの手にかかりつつも奇跡的に無事だった傭兵達。
「こ、このぉ!」
「よくも皆様に!」
「絶対に許さん!」
彼等は満身創痍の体ながらも、主を手に掛けられた怒りで己を奮わせ、得物を手に、四方から一斉に策頼に襲い掛かろうとした。
だが、彼らが一斉に行動を起こそうとしたその瞬間、上空に閃光が瞬いた。
そして鉄の擦れる音とともに、傭兵達の後方から大きな物体が現れ、その物体が強烈な光が突如瞬き、策頼と、策頼を囲おうとする傭兵達の姿を照らした。
「うわぁぁぁッ!?」
「な、なんだぁッ!?」
その正体は、突入して来た施設作業車だ。
強烈なヘッドライトの光が剣狼隊の傭兵達の目を晦ませ、巨大なドーザーブレードが彼らを追い立てる。さらにショベルアームが右片へいっぱいに展開され、傭兵の逃れる隙を塞いでいた。
施設作業車のドーザーブレードには傭兵の死体が引っかかっている、先で見張りをしていたセフィア配下の傭兵のものだ。傭兵達は突入して来た増援分隊により、後退する暇すらなく排除されたのだった。最も彼らがここまで後退できていた所で、待つのは傭兵の死体の庭と、それを作り出した策頼だったが。
さらに後ろから続いていた大型トラックが、施設作業車の左側に出てその側面を向ける。大型トラックは応急的にガントラック化がなされており、荷台には三脚に乗せられて据えられた92式重機や96式40mmてき弾銃、そして乗車する隊員の小銃やMINIMI軽機等の銃口が並び、それらが全て傭兵達へと向けられた。
「バ、バケモノだッ!」
「ひ、引け!副隊長達を連れて……う、うわッ!?」
突然の得体の知れない物体の襲撃に、撤退しようとする傭兵達。
しかし、跳躍により撤退しようとした傭兵達は、わずかに跳ね跳ねただけで地面に転倒した。
彼等の人間離れした跳躍力は、クラレティエ、ロイミ、セフィア達、三人の隊長各の女達が習得する、高位の身体強化魔法の恩恵を受けていたことによる物であった。しかし、この場でロイミとセフィアが、そしてこの場の剣狼隊の傭兵達は知る由もなかったが、隊長であるクラレティエが無力化されたことにより、魔法の効果は消失。彼等はその驚異的な跳躍力を発揮することができなくなっていたのだ。
「うわ!」
「ギャァッ!」
そして狼狽する傭兵達から悲鳴が上がり出す。
車両の隙間を縫い出て展開した各組の隊員が、各々目標を定めて発砲を開始。隊長各の三人の加護を失った丸裸同然の傭兵達は、碌な抵抗もできないまま、次々に撃たれ、倒れてゆく。
やがて立っている傭兵の姿が無くなると、一組四名が策頼や峨奈等の傍まで前進して来た。
彼等は滑り込むように策頼等の周囲に展開して、四周の警戒を開始する。
「右片よし」
「左方異常無し!」
「前方、アクティブな敵影無し」
「了、各員そのまま警戒しろ」
各隊員は組長へと報告を上げる、組を率いるのは香故だ。香故は組の各隊員の報告を聞くと、引き続きの警戒を命じる。
「妙な状況だな、もうほとんど終わってるじゃねぇか」
香故は自身の小銃を降ろして立膝の姿勢から立ち上がり、周囲を見渡しながら感心とも呆れともつかない口調で発する。
周辺には無数の傭兵達の死体が。そして、ついに力尽きた触手達の巨体がそこかしこに転がっていた。
「策頼一士、無事のようだな。脅威存在はどうした?」
香故は策頼に向けて振り向き、彼が無事な事を確認すると、状況を訪ねる言葉を発する。尋ねて来た香故に対して、策頼は言葉は発さずに視線だけで、眼下で地面に沈んでいるロイミの体を示して見せた。
「冗談かよ――お前が仕留めたのか?」
再び呆れた口調で発された香故の言葉に、策頼は今度は肯定の言葉も否定の言葉も返さず、ただロイミの体を冷たい目で見ろしていた。
「おぁぁ!?」
背後から隊員の声が響いたのはその時だった。香故が振り向くと、視線の先に、隊員とは別の人影が立っている事に気付く。
「ふ……ふふ……」
それは副隊長格の一人のセフィアだった。
不気味な艶のある笑い声こそ零しているが、乳房が切断され、鼻から頭頂部にかけてまで皮を剥がされて、禿げ上がっている今の彼女の姿にそれまでの妖艶さは微塵も無く、その見た目はまるで妖怪のそれだ。
「そこで止まれ!動くなッ!」
突然起き上がって来た皮の無い女に、近場に居た隊員は驚愕しながらも、小銃を向けて警告の言葉を発する。しかしセフィアにその言葉が届いている様子は無く、彼女はフラフラとおぼつかない足取りでゆっくりと歩を進めている。
「あははぁ……っ!もう許さないわぁ!」
そして口元を裂けんがまでに釣り上げて、不気味な声色で言葉を発し出した。
「どこまでも悪い子達……!みんな徹底的に甚振って、私の元に這いつくばらせて――ぼぎゃッ!?」
しかしセフィアの吐き出す呪詛の言葉は、もはや美女ではなく妖怪のそれと化したセフィアの顔面に、一本鞭が直撃することで中断された。
香故を始め、隊員等がその鞭の出先を追って振り向くと、上体を起こし、その手に鞭の柄を握った峨奈の姿がそこにあった。
「いつまで女王様気取りだ、そこまでにしろ」
吐き捨てた峨奈は、巧みな手首の動きで鞭を回収して見せる。その鞭は侍女であるシノが落とした物であり、峨奈はそれを拾い、セフィアに向けて放ったのだった。
「峨奈、無事か?」
「一応、無事だ……」
峨奈は香故の問いかけに答えながら、近くに落ちていた樫端の9mm機関けん銃を拾い上げると、険しい顔で立ち上がる。峨奈の向かう先には、鞭に打たれて吹っ飛ばされ、尻を高々と突き上げて地面に突っ伏し倒れているセフィアの姿がある。
峨奈はセフィアの前まで近づくと、おもむろに彼女の尻を思い切り踏みつけた。
「あぎッ!」
峨奈の戦闘靴に圧を掛けられ、突っ伏した姿勢のセフィアの口から悲鳴が上がる。
「なぁ、さんざん気持ち悪い事を宣っていたが、今惨めで無様で情けないのは誰だ?」
峨奈は静かな、しかし怒りの込められた言葉を眼下のセフィアに投げかける。
「お前だよ」
言い捨てると同時に、峨奈は9mm機関けん銃をセフィアの頭に向け、その引き金を引いた。
「ぱびょッ!?」
数発の9mm弾がセフィアの後頭部に叩き込まれ、セフィアの体はビクリと一瞬跳ね上がる。そして血や脳漿で突っ伏している地面を汚し、そこに力の抜けた頭をべしゃりと落とし、死体と成り果てた。
妖艶さ漂う女王セフィアの、無残であっけない最期であった。
「あぁぁ、嘘だ!」
「そんなぁ!」
「セフィア様ぁ!」
そこへ周囲から叫び声が上がる。傭兵達の中には深手を負いながらも息のある者がまだ多く残っており、その中でもセフィアの配下の傭兵達が、主の死に泣き喚き出したのだ。
しかし峨奈はそんな声は無視して、セフィアの死体を冷たい汚物を見る目で見下ろす。
「何が躾だ、何が美しく強い方々だ……。お前達がやってたのは、低能が別の低能を甚振るだけの、不快なごっこ遊びだ……ッ!」
そして憎悪の含まれた強い口調で吐き捨てた。
「ぅぁッ……酷い目に遭った……」
「……」
一方、その少し離れた傍らで、起き上がる樫端や近子の姿があった。侍女のシノが無力化されたことで洗脳が解け、両者とも正気を取り戻したようだった。
樫端は半身を起こして、朦朧とした様子で声を零している。
近子はというと今までのことがなかったかのように容易に起き上がり、どことなく嫌そうな表情だけを作り、自身の戦闘服に付いた泥を払っていた。
「近子三曹、樫端……!正気に戻ったようだな……」
二人の様子を見た峨奈は、その顔に少しだけ安堵の色を浮かべる。
そしてガクリと体制を崩した。峨奈に蓄積したダメージは少なくなく、彼の体は限界だったのだ。
「おい峨奈!――衛生隊員!」
崩れかける峨奈の姿を見た香故が声を張り上げる。ちょうど到着していた着郷や出蔵等、その声に応えて衛生隊員がその場に駆け付けた。
「峨奈三曹!」
「ッ、すまん……」
着郷が慌てて駆け寄り、崩れかけた峨奈の身体を支えてる。峨奈は支えられながら、ゆっくりと再び地面に腰を降ろした。
「出蔵、他の人達を頼む」
「了解です」
出蔵は近子や樫端の元へと走る。
それと入れ替わりに、腰を降ろした峨奈の所へ、香故が歩み寄って来た。
「色々とよく分からん状況だな。しんどそうな所悪いが、説明してもらえるとありがたいね」
香故は周辺に散らばる傭兵達の死体、そして喚き叫んでいる傭兵達の姿を不快そうに見渡しながら、峨奈に事の詳細を尋ねる。
「あまり、口に出して話したくないんだがな……」
香故の言葉に、峨奈は苦々しい口調でそう零すと、着郷からの手当てを受けながら、事の顛末の説明を始めた。
「大丈夫だ。もう自分で動ける」
「俺も……なんとか平気かな?」
「でもあまり無理は――ん?」
近子や樫端に付き添い、彼らへの手当てを行っていた出蔵。
「策頼さん……?」
しかし彼女はその最中に、静かに歩き出す策頼が策頼の姿を目に留めた。
策頼は戦いのあった周辺を周り、剣狼隊でも主だった女であるカイテの死体や、生きているものの、今やモゴモゴと蠢くだけのシノの体を乱雑に拾い上げている。
「ぼ……僕がロイミを護らな……ぎゃぅ!」
その道中で、ダメージを負った体を懸命に起こそうとしていたリルが踏まれる。
策頼は再びロイミの体の前に立つと、カイテやシノの体を乱雑に放り落とす。そして、まだ息のあるロイミの首根っこを掴んで持ち上げた。
「き、汚い手で触るな……」
一時的な気絶から気を取り戻していたロイミは、苦し気な声でそんな旨の言葉を吐く。
「お前か?観測壕を襲って鈴暮を甚振ったのは?」
対する策頼はロイミの言葉など聞く様子も見せずに、逆に淡々とした口調でそう尋ねた。
「――ふふっ。ひょっとして、最初の虫共や躾のなってない野犬の事を言って――ごぶぅッ!?」
ロイミが言葉を言い終える前に、彼女の腹に衝撃と鈍痛が走った。策頼による膝蹴りを食らったのだ。
「こぉっ、おげぇぇぇッ……ッ!」
そしてロイミは胃の内容物を地面に吐き戻した。
「こぁ……お前、よくも――ぶぇッ!」
呪詛の言葉を発そうとしたロイミだが、その前に彼女は頭を策頼に踏まれ、自らの吐しゃ物が撒き散らされた地面に、その顔を沈めた。
そして策頼はロイミの両足の膝を蹴り、ロイミの脚を突っ伏す彼女の体の下に押し込む。結果、ロイミは強制的に縮こまるような土下座姿にされた。
さらに集めて来たシノやカイテの体も、同様の手順で無理やり土下座の姿勢にさせ、ロイミの左右に並べる策頼。
三人の女の体が、土下座の姿勢で尻を並べるという、面白い光景が完成する。
そして策頼は、並べた三人の女の背中に、おもむろにどかりと腰を降ろした。
「ぐぅ……!」
「んもッ……」
「………」
中央に位置するロイミの体をメインの腰かけとし、拘束してあるシノの体に片足をかけて、カイテの背中に手を置いて体重の一部を預ける。
背徳的な光景に見えるが、策頼自身に優越感も後ろめたさも感じていなかった。全ては復讐と義務感からの行動だったから。これを正義や大義などど言うつもりは毛頭ない。ただ、亡き友人や尊厳を踏みにじられた仲間のための仇討。生き残り、敵を仕留めた自身に与えられた義務。
それだけが、策頼を今の行為に駆らせていた。
「ぐ……うごぉぉぉぉぉッ!」
「あ?」
唐突な雄叫びが周囲に響き渡ったのは、香故が峨奈の話を聞き始めて少し経過した時だった。見れば、触手に打たれて深手を負い、それまで倒れ込んでいた壮年傭兵が、叫び声と共にその上半身を起こしていた。
「貴様ぁぁぁッ!ロイミ嬢から離れんかぁぁぁぁッ!」
憤慨し、怒りの声を上げる壮年傭兵。
「小僧ぉぉぉッ!猟犬共ぉぉぉッ!しっかりせんかぁぁぁ!ロイミ嬢の……主の危機を救えんで何が猟犬かぁぁッ!」
そして周りの傭兵達に向けて叱咤の声を上げる壮年傭兵。
「うっせぇ」
「ぎぁッ!?」
だが壮年傭兵は次の瞬間、悲鳴と共に地面に沈んだ。香故が、壮年傭兵の後頭部に脚を踏み下ろしていた。
「んだよ、この気っ色悪い全身タイツの首輪ジジイは?」
「どうにも脅威存在の女に心酔してる取り巻きらしい。何か、色々偉そうにほざいていた。私には、ただのオナニー野郎の被虐性癖ジジイにしか見えないがな」
峨奈はしんどそうなその顔をより顰めて吐き捨てた。
「よくも我が主をぉぉぉ、おのれぇ貴様ら!そのお方をどなたと心得るかぁぁ!我々など足元にも及ばぬ至高の存在であるロイミ嬢であらせられるぞォォォ!」
そんな香故等の足元で、壮年傭兵は踏みつけられながらも、未だに怒りの喚き声を上げ続けている。
「……ハノーバー、施設作業車」
香故は壮年傭兵の喚き声に耳を傾けるのを止め、施設作業車に向けてインカムで無線通信を開く。
『ハノーバー、操縦手です。車長は今はずしてます』
「かまわん、少し頼み事がある」
無線で施設作業車側に何かを伝える香故。それが終わると、鉄の擦れる音と、機械の動作音が響き出す。
「貴様らのような――ぎぃやッ!?」
そして、喚いていた壮年傭兵の台詞が途中で途絶え、代わりにその口から悲鳴を上が上がった。
見れば施設作業車のショベルアームが壮年傭兵の体の上まで移動し、その先端、ショベルの刃が壮年傭兵の上半身、頭から腰に掛けてを縦に押し潰していた。
「あが……ぎぇあ……」
施設作業車の操縦手の操作に連動してショベルアームが下がり、先端の刃は壮年傭兵の体をミシミシと圧迫する。
「あ、ぎゃぁぁぁぁ……!」
より強くなる圧に、壮年傭兵の口から悲鳴が上がる。
「あぴょッ!」
おかしな最後の悲鳴と共に、壮年傭兵の上半身は真っ二つになった。
ショベルの刃により、頭部から上半身にかけてが文字道理真っ二つになり、頭部は脳や目玉や舌、胴体は内臓をふんだんに地面にぶちまけ、最期を迎えた。
「あぁ、気持ち悪い」
香故は、凄惨な最期を迎えた壮年傭兵の死体を見下ろしながら、そんな言葉を零す。不快な存在が一人居なくなったためか、その言葉には少しの安堵の色が含まれていた。
策頼は壮年傭兵の処分されるその様子を一瞥だけすると、腰の下のロイミに視線を戻した。
「ぐぷ……お、お前ェ……絶対に許さない……!徹底的に痛めつけて――ひぃッ!」
残る嘔吐感に耐えて、呪いの言葉を策頼に向けて発そうとしたロイミ。しかし、彼女の言葉を遮るように、パァンと子気味の良い音が響き、ロイミの口から悲鳴が上がった。
見れば策頼の片手には鞭が握られている。それはロイミが愛用していた乗馬鞭だ。策頼はそれをロイミの尻に振り下ろしたのだ。
「痛ッ!やめなさ――やめ、いやぁッ!」
そして策頼は何度も乗馬鞭をロイミの尻に叩き下ろす。
悲鳴を鬱陶しそうに聞きながら、ただロイミの体を甚振り続ける。幾度も振り下ろされる乗馬鞭に、ロイミの黒い戦闘服の尻の部分はボロボロになり、剥き出しになった彼女の尻の地肌には、いくつもの赤い鞭の跡が刻まれていった。
「ぅぁ……殺してや――ぎッ!」
再びロイミの呪詛の言葉が遮られる。
ロイミは頭を鷲掴みにされて強引に上を向かされる。策頼を睨みつけようとしたロイミだが、直後、目に映った物に彼女は目を見開く。
「――!おごォッ!?」
次の瞬間、ロイミから濁った嘔吐くような声が上がった。
見れば、乗馬鞭のその先端が、ロイミの鼻の穴に思い切り突っ込まれているではないか。強引に突き込まれた鞭は咽頭にまで達し、ロイミの鼻からは鼻血が出て、酷く歪に咳き込むロイミ。
「ごぉ……ほが……あんは、へっはいにころひてや……――ッ!?」
ロイミは鼻に鞭を突き込まれた状態のまま、振り向き策頼を睨んで呪詛の言葉を吐こうとしたが、そこで彼女の言葉は止まった。
そしてそこで、ロイミの顔が初めて青ざめる。
彼女の視線の先には、ただ物でも見るような冷たい顔で、自分を見下ろす策頼の顔があった。
「ひ――!?」
ロイミはそれに恐怖を感じた――。
今までも、強くしかし可憐な容姿のロイミに、下衆な願望を抱いてきた輩は両手に余るほどいた。そしてそんな輩をことごとく蹴散らしてきた。
しかし、今の相手から向けられているのは、ただ淡々とロイミを排除しようとする意志。自身の強さが常識が通じない、まったく不可解な相手からの冷たい破壊の意志。
そしてロイミは見た。策頼の瞳の奥に宿る、静かな、しかし巨大な怒りを。
先程までのロイミ達の怒りを纏っていたえを獰猛な獣と例えるなら、策頼は、悲しみと憎悪と破壊に満ちた暴走特急だ。半端な脅しや、見せかけの恐怖などでは動かせない、獣たちがいくら牙を剥こうとも傷一つ付けることのできない、強大な鋼鉄と発動の怒り。
それらが、彼女が実に数百年ぶりの恐怖を、それも今まで感じた事の無い初めての種類の恐怖を覚えさせた。
「――!」
そんな恐怖の存在である策頼の手に、何かが握られている事にロイミは気づく。
それは自らが生成し、周囲にばら撒いた鉱石針だ。
「う、嘘れしょ……やめなはい、ひょんなこほひて、たらひゃおからいはよ……ッ!」
その意図を察したロイミは、碌に喋ることもできない状態にも関わらず、必死に拒絶の言葉を捲し立てる。
「やめなひゃい……やめ、やめへ――」
ついにその言葉は命令から懇願に代わる。しかし――
「ヒギュィッ!?」
ロイミの尻穴に、鋭利な鉱石柱が深々と突き立てられた。
「あ……あ……」
次の瞬間、ロイミの股間から小便が漏れ出した。股間を濡らし、内腿を伝って地面を汚す。
「汚いな」
策頼は冷めた目で一言吐き捨てる。本当にゴミを見たときのような一言。
連ねられた罵倒文句ではなく、冷静で端的な一言に、ロイミの尊厳はかえって踏みにじられ、彼女はその顔を真っ赤に染める。
「あぅ、あぅぅ……」
そして、まるで下僕の頼りない少年と同じような、惨めな呻き声を漏らし始めた。
「……あぐッ……!」
策頼はロイミの後頭部を再び踏みつける。
少し載せる程度の軽い踏みつけだったが、ロイミの頭は抵抗の片鱗も無く、容易に地面の水溜まりにビシャリと沈んだ。ぬかるんだ土に、ロイミ自身の嘔吐物、そして今しがた漏れ広がった小便が混じりあった汚水の水溜まりに。
「あ……あ……、あは、あひゃははははは……」
汚水溢れる地面に沈んだロイミの口から、力ない笑い声が零れ出す。
ロイミの精神は限界を迎え、崩壊した。
これまで絶対の勝利を重ねて来た、逆を言えば敗北を経験することの無かった、加護の中の鳥も同然であったロイミ。
彼女のその心は徹底的な敗北と、それに伴うこの仕打ちの前には、あまりに脆過ぎた。
「………」
憎き仇敵が精神崩壊を迎える様を、策頼は何の感動も無く、興が冷めたとでも言うような、ただ冷たい目で見下ろしていた。
「はひゃは……ぁ……――ぎぇッ!?」
そして策頼は自棄の笑い声を上げているロイミの顔を、脚で踏みつけ直し、汚物と混じった水溜まりにその顔面を沈めた。
「ぶぇッ……ぼぉ……!ぼぼッ……!」
溶けた土と汚物の混ざりあった水溜まりに顔を沈められ、苦しみ藻掻くロイミ。
「もぼぉ……ひぶ、はびゅけ(リル、助け)――ぶぉ……!」
使役獣の少年に助けを求めようとするが、その言葉すら最後までは続かない。
最初こそ激しく見せていた抵抗の動きは、目に見えて弱くなっていく。
「……ぉぼ……ぉ……」
そしてピクリピクリと断続的な動きを見せたかと思うと、それを最後に、尻を突き上げた姿勢のまま硬直し、動かなくなった。
700年もの時を生き、あらゆる知見に長け、技を自らの物とし、人々から時に敬愛を、時に畏怖の念を向けられてきた魔女。
そんな彼女の最期はあっけなく、そして嘔吐物と排泄物に塗れた畜生にも劣る物だった。
「ふぼぉ……――もぎょッ!?」
策頼は最早作業も同然の動きで、隣でモゴモゴと力なく藻掻いていたシノの頭を強く踏み、首の骨をへし折った。
先に死体となったロイミ、すでに死体となっていたカイテにシノが加わり、
こうして三人の女は策頼の腰の下で、土下座のように縮こまり尻を突き出した姿勢で、仲良く死体となって並んだ。
それまで消えていた厚く黒い雨雲が再び現れ、淡い光を降ろしていたこの世界の月を覆い隠す。まるでロイミ達の活躍の許される時間が、終わった事を示すように。彼女達が敗北した事実を示すように。
そして勝者である策頼のその心内を代弁するかのように、曇天へと戻った夜空は雨雫を零し始める。
「殺したぞ誉――。終わったぞ鈴暮――」
策頼は、先に逝った友人の名を冷たい口調のまま静かに呼ぶ。そして策頼は、少しの沈黙の後に咆哮の口火を切った。
奇声がごとき声で、もはや暴力、天災という域で、曇天の夜空に向けて咆哮を上げた。